
「その手は桑名の焼きはまぐり」、だじゃれの元祖とも言われるこの洒落言葉は、江戸でも桑名の焼き蛤が如何に有名だったかを物語っています。『東海道中膝栗毛』の弥次郎兵衛・喜多八も、桑名でこの焼き蛤を肴に酒を飲んでいます。
東海道42番目の宿場町である桑名は、旅籠の数では隣の宮宿についで多い宿場でした。その理由としては、宮宿の桑名宿の間が近世東海道で唯一の海路、船での行程であったため、天候不良などで船が出ないこともあり、船待ちのための宿が多かったことによります。渡し場の跡は、三重県指定史跡「七里の渡し跡」となっています。ここには、伊勢神宮への参拝する人が、伊勢国に入って最初にくぐる鳥居ということで、「伊勢国一の鳥居」と呼ばれています。